物語が始まるとき、いつもどきどきした。
小さな村の小さな勇者。
誰もが憧れて止まない救世主。
正しいことを己の信念のままに貫き通す頑固な人。

どきどきとわくわくで。
いつも楽しかった。

ぼくは毎日、語り部のおじさんに物語をせがんだ。
おじさんもうれしそうに語ってくれた。

とてもとても楽しくて幸せで楽しい日々だった。


   *  *  *


ある日ふと気付いた。

物語の主人公は。
勇者は。救世主は。
いつもひとり。

そりゃ、時々仲間が増えたり減ったりはするけど。
でも肝心な時はいつもひとり。
全てのことが彼の責任となり、義務となる。
泣いても喚いても彼はひとり。

誰にも助けてもらえない。

そのことが悲しくて。
哀しくなって、泣いてしまった。
そしたら。

―かなしまないで?―

…と、誰かの声が聞こえた。
語り部のおじさんかと思ったけど違う。
だって、おじさんの声はとても低くて太いから。

聞こえた声は空を飛ぶように軽くて。
ふわふわとした羽毛みたいに暖かくて。
何より女の人の声だったから。

でも。
ここにはおじさんぼくの2人きり。
きょろきょろと辺りを見回しても、誰もいない。

おじさんにその事を話すと、
嬉しそうな笑顔でぼくの頭をなでてくれた。
普段あまりそういうことされたことなくてびっくりしたけど。
おじさんの手は優しくて。

嬉しいのに涙が出た。

なんで嬉しいのに涙がでるんだろう。
嬉しいときでも涙はでるんだよ…と。
おじさんは教えてくれた。


   *  *  *


ぼくはそれからも毎日通った。
おじさんはいつも歓迎してくれた。
ぼくとおじさんはどんどん仲良くなっていって。
いつの間にか親友になっていた。

歳は離れているけれど。
でも親友。
誰が何と言おうと、大切な友達。

初めての友達。

なんだかちょっと照れちゃうけど。
すごくすごーく嬉しくて。
楽しくて。
幸せだった。


   *  *  *


大きな鐘の音が響き渡ったある朝。
街は赤く染まっていた。

そう、火事だ。

大きな鐘の音…それは火事などを知らせる為の音。
鐘の音が鳴った回数で、どこで火事が起きているのかわかるんだ。

鐘の音は7回鳴っては、少し間を空け。
そしてまた7回鳴る。

その音で少しだけ安心した。
ぼくの住んでいるここは街の西の端っこ。
火事が起きているのはもっと東の方だから。
道具屋さんとか、果物屋さんがある方だから。

だけどそこで思い出した。
東のそこにはおじさんがいる。

頭が真っ白になって、
いつのまにか、ぼくは走り出していた。


   *  *  *


宿屋の前に着くと、そこはもう火の海で。
呆然とするぼくの周りをたくさんの人が逃げていく。

おじさんはどこ?
おじさん、おじさん…

宿屋に、おじさんの部屋に向かおうとしたとき、
急に服をつかまれた。

びっくりして後ろを向いても誰もいない。

―死にたいの!?―

また、あの女の人の声がして。

―あの人は大丈夫―

おじさんは大丈夫だと断言した。
でも、心配。
そしたら、おじさんは南の避難所に向かっていると教えてくれた。
見えない女の人が教えてくれた。

ぼくも南の避難所に行くことにした。


   *  *  *


南の避難所に付く前…とある裏路地で。
ひとりの小さな女の子が泣いていた。

どうしたの?

ママがいないの。

逸れてしまったようで。
だから一緒に南の避難所に行こうと言ったけど、
女の子は泣くばかりで。
正直困ってしまった。

なんとか女の子に泣き止んで欲しくて。
でも、どうすればいいのかわからなくて。
ぼくも泣きたかった。

しばらくおどおどとこまっていると、
その子のお母さんがその子を捜しにやってきた。

心配したのよ?

ごめんなさい。

お母さんが優しくそういい、女の子がしょんぼりと謝る。
そのやり取りがうらやましかった。

その親子を見送った後、ぼくはボ〜っとただ立っていた。
少しでも動いたら涙がこぼれそうだったから。

ぼくもひとりだ。

おじさんは親友だけど、でもそれだけ。
ぼくはひとり。
その考えに涙が出た。
かなしくて、ぼくは俯いて泣いた。
一人で泣いた。


   *  *  *


泣いたら少しすっきりして。
誰も見てないのにちょっと恥ずかしくて、
笑ってしまった。

そして空を見上げて驚いた。
赤い。空は赤く染まっていた。

あわてて辺りをみわたして。
いつのまにかここも火に囲まれていたらしい。
気付かなかった。

どうしよう…

そう思ったとき、ぼくを呼ぶ声が聞こえた。

おじさん!?

おどろいて振り向こうとしたとき、

どごんっ がらがら

と大きな音がして。
ぼくはおじさんに突き飛ばされていた。

そしてさっきまでぼくが立っていた場所で、
おじさんが大きな瓦礫の下敷きになっていた。

おじさんっ!?

駆け寄るとまず大丈夫かと聞かれ、
そして怒られた。

こっちに来るな! 逃げろ!!!…と。

でも。

おじさんを置いて逃げるなんてできない。
だっておじさんは、ぼくの…
ぼくの……

瓦礫をどければおじさんも一緒に逃げられると思って、
一生懸命どかそうとした。
でも、うごかない。

おじさんはまだ逃げろといっているようだったけど、
もう言葉になっていなかった。
瓦礫とおじさんの下から深紅のものが流れ出ていた。

涙がでた。
泣いてる場合じゃないってわかっているのに。
止まらなかった。

瓦礫をどかせるほどの。
おじさんを助けられるほどの。
力が…。

力が欲しい…!!!

強くそう思った瞬間。
全ての色が消え、目の前に小さな光が浮かんでいた。

直感でそれが“力”であることに気付いて…。

―いけないっ…!!―

手をのばし、光をつかんだ。

その瞬間


ぼくの意識は暗転した。


   *  *  *


次に目がさめるのは狭くて暗い牢の中。

初めての親友の物語が終わり、

そしてオレの長い物語が始まった昔の話。

オレの始まりの物語。